yuipapa日記

相場、車、食 など 日々の出来事を書いています。

稼ぐのも使うのも生きているうちに

60歳で辞めるつもりで...というか辞めるために、40歳過ぎから相場を始めて、幸いなことにベトナム赴任が解けたちょうど60歳時点で、退職しても生活には困らない程度の金はできたが、帰国して国内では何もする仕事がないのにクビにもならず、とりあえず毎日出社してパソコン眺めてるだけで毎月50万円くれるっていうので、それを蹴ってまでこちらから辞める理由もないかとサラリーマンを続けてきた。 

 

いつ辞めてもいいのだから全く気楽でストレスもほとんどない。 気を使う必要がないので、社長、会長より高い車で毎日通勤して、気に入らないことがあれば会長とでも平気で喧嘩して、おはようの挨拶もしない、出張報告にもいかないぞ宣言。 それがダメならクビにしろ!って それでもクビにはしてくれない。 全くこんなことがまかり通るのはおかしいとは思っているが、これがホントの話なんだから仕方ない。 こんなことができるのも「喧嘩して辞める」という選択が可能だからである。 金がなければその選択肢はない。 金があれば辞めるもよし、続けるもよし。 金で買えないものもあるなんて綺麗事を言っててもしょうがない 資本主義のこの世では金がなければ始まらないのである。 

 

そんなサラリーマン生活もあと半年ちょっとで終わり。 いやあ 定年までサラリーマンを全うしたなあ。 ベトナム赴任が決まる40歳頃までは一般の根性なしサラリーマンと同じで、どっぷり社畜生活に浸っていたわけだが、バブルがはじけて50歳以上の者のリストラが始まると、社畜として浸っていることさえも危うくなってきたと感じて、遅まきながら社畜からの脱却を考えるように というより考えざるを得なくなったわけだ。 しかし家のローンが月23万で、結婚16年目にして息子も生まれ、共稼ぎとはいえ、そこから20年でどんなに節約しても、60歳で退職しても生活に困らないだけの蓄えができるとは思えなかった。 もらった金を残すだけではダメなら、増やさなければならないという結論になったわけだ。 増やす方法として自分には相場しか選択肢がなかったということ。

 

それでも元々相場の資金は生活費とは関係のない金で始めたので、したがって儲けた金も失敗して大損こいてゼロになったとしても、生活に困るわけではない。 もちろんゼロになったら今のような気楽な生活もできないわけだが、まあまあ普通の貧乏生活は送れる。 このゼロになっても生活に困らないというのが、サラリーマン相場師の気楽さである。 気楽がゆえにうまくいったのかもしれない。 専業でそれしか収入の道がないとなると、無理して下手な手を打って 何もかもうまくいかなくなっていたかもしれない。 相場も人生も余裕が必要だ。

 

 60歳までは資金を大きくすることだけを考えて、「金を使う」ということは一切考えなかったし、実際 相場の金は一度も引き出さなかった。 帰国して車が必要になったことと、目先の区切りを達成していたので、13年目にして初めて口座から引き出してLXを買った。 それまで張り詰めていたものがこれを機に切れたというか、当初5億10億までと考えていたものが、そんなに必要ねえなと、ここからは使った分を元に戻すだけでいいかと思うようになった。 貧乏性だから使うったってたかが知れてるし、欲どおしいことを言っていたら、せっかく儲けた金を使うことなく人生終わってまう。 増えた分だけ使うか 使った分だけ増やすか、まあ順番はどっちでもいいけど、そうやって死んだ時にわずかではあるが、今の分母が残っていればいいかなと。 だから稼げるだけのしたいことをするし、稼いだ分だけ欲しいものを買う。 金を作るのもそうだが、 使うのも 生きてるうちにしかできんってことだ。